circustic sarcas

Diary of K. Watanabe

2008-01-01から1年間の記事一覧

とても遠いところへ

アンプル3 http://www.eonet.ne.jp/~luara/ample/news.html 相変わらず名無しさんとして参加 相変わらずえらそうな風をふかしており今回も不安 訴えられたらどうしよう、などなど 訴えられる要素はたくさんあって、わりと引用とは呼べない引用(とは呼べな…

ここを見ている人はもうほとんどいないと知りつつ。明日上京して、2日か3日(きわめて適当な感じで)滞在します。連絡くれたりすると、たいそう喜びます。よ。

左利きの運転手と右利きの車掌 まっしろいホームにおりたつと赤いはた さよなら ホームの端のポール 今夜は空が見えない 君の色を思い出せない 今日 左利きの運転手が右手で手をふる 線路脇のテニスコート そことわたし こことないこと 今夜は空が見えないし…

やわらかさのためにいきている。たぶんそうなんだとおもう。ぼくはやわらかさのためにいきている。ゆめはかなえるものではなくてみるものだとおもうほうだ。ゆめをみながらふわふわとあるいていて、いつかふとしぬんだろう。げんじつをみたくはないのかもし…

自分の感情。自分自身の悲しみや喜びを形にできるのか。それは誰かの真似や憧れや借り物ではないのか。それは自分の感情なのか。納得のいくまで考えること。裸になった自分自身の感情。それが僕が世界に対して投げつける手袋だ。

雨の降る夜明け。 雨だね、と僕は言う。 君は黙っている。

恍惚の22452に夜と魚さんがいらっしゃるのをいまさら発見 さらに21275にも OQさんの22315が相変わらずおもしろい もうすごいなあというしかなくて

http://www.ne.jp/asahi/kmr/ski/shimotakaido_cinema/byakuya.html マザーサン上映

ねむい。 カーテンのないわたしの部屋 やさしいかぜがはしっていく 寝ころんでいるわたしの上を 春よ春よと歌っているかかぜよとおくまで そのあかいリボンを わたしからきみに とどけてくれ ねむい。

きみはきみの死を死ぬ しかし ぼくはぼくの生を生き 花は咲き茎は伸び 象は鳴きナマケモノはぶら下がる きみはきみの生だけを終わらせる きみが生を限るとき 限られるのはきみであり また その時である きみが きみを限るまえに 限られた時をきみは 生きる

あなたの世界 雨、雲、結晶、ガラス、幽霊、伝説、本、ランプ、鏡、 音楽 畏れ、死、夢見心地でいること、愛を知らないこと、愛を憬れていること、目を閉じること、天、光の筋、ひとり、止まった時間、日曜の朝、墓地、無調、 音楽 ひとりぼっち、あなたはあ…

わたしはわたしと結婚して わたしが生まれる わたしはわたしとともに わたしを育てる わたしはわたしと結婚して わたしたちの家庭を築く

+きみに読む田村隆一 樹は 空に向かって歩いている空に 向かって帽子の下には顔がある ドアを開ければ君がいるこの世の終わりのために ぼくは言葉をえらんだ きみに読む田村隆一を宇宙に架かるブランコに乗って 星くずを撒き散らしながら ぼくの言葉はひろ…

悲しみはどこへいく。悲しみはどこ へいく。悲しみは どこへいく。悲しみはどこへ いく。

きみ、 を解消するために わたしは旅に出かけて わたし は解消されずに きみを、 見た、目 を、見た、髪 を、見た、口 を、見た、 わたしは解消されずにきみ 、の足元 を、見た、足跡がない のを、見た。

@ポルノグラフィー文学を書いていたこと 1920年代は、1890年代に比べると、美術と性の関係に対する関心が一挙に高まった。そんな時代に、ビアズリーの全作品を概観する著作(1928)を出したホルデイン・マクフォールは、「あの圧倒的エロティシズム、あのセッ…

マイアー=グレーフェの文章を引用してみよう。「ビアズリーの家に行くと、ロンドンでも最高級の、明らかにエロティックな日本の版画を見ることができた。繊細な色彩の壁に、飾りのない額に入れて掛けられ、歌麿の空想が生んだ野性的な作品も、決して猥褻で…

1890年代のイギリスで高揚してきたデカダン派の感性の全体像を眺めようとするとき、残念なのは、ピムリコにあったビアズリーの家の有名な部屋について、当時の人たちが抱いていたイメージが欠落していることである。部屋は、ユイスマンスの『さかしま』から…

当時の大部分の画家たちは、アトリエ用の小道具を集めることが従来の伝統だったせいもあり、多少「芸術的な」宝物を集めて、身の回りにがらくたの山を築くのが習慣になっていた。それに対して、ビアズリーの芸術は、ものに囲まれた生活を潔しとしなかった。…

しかし1890年代までに、日本の版画の評価は、新しい鑑識眼を生み出す段階にまで達していた。ホイッスラー自身はいつもの申し分ない趣味で最高の例を見極め、それを額装して壁にかけていた。一方チャールズ・リケッツとチャールズ・シャノン(ともにワイルド…

ビアズリーのペン画《マダム・シガールの誕生日》で、絨毯の装飾的な縁に現れた複雑な孔雀模様の細部と、レイランドの食堂にあるよろい戸の装飾、および有名な闘う孔雀の大きなパネルの様式化された微妙な色合いのデザインを比較してみると、ビアズリーがホ…

ホイッスラーとの関係性について ところでホイッスラーは、当初ビアズリーに対して比較的冷淡であり、わざと落胆させるような無作法な振舞いに出たが、これは、ビアズリーが文学者仲間と結びつこうと努力したことと多少の関連があるかもしれない。特にビアズ…

花魁図 ビアズリーは、日本の浮世絵師たちの研究を通じて、着衣の量感の出し方を繰り返し学んだ。なかでも、当世風の装飾様式を用いながら、平面的な模様を折り重なった布上にデザインする方法を身につけている。

日本を連想させるもの 日本の浮世絵版画の影響がより具体的に示されている、ビアズリーの初期の素描のひとつ。ビアズリーは、審美主義運動の推進者たちの間に浸透していた日本風の東洋趣味を脱して、浮世絵版画から純粋にグラフィック的な要素を取り入れる傾…

ワイルドが感じ取ったように、「ビアズリーの思考には、いささか悪趣味な笑いがあった。彼が描くグロテスクの背後には、何かしら奇異な哲学が潜んでいるように見えた」。その哲学が本質的に皮肉なのか諷刺なのか、あるいは空想的なのか単に茶目っ気に過ぎな…

次から次へとあわただしく様式を変えながら、ビアズリーは常に独創性に富み、衝撃的であった。すべての画家と同様に、他からの影響を受け入れ、その可能性に魅せられることがよくあった。しかし借用したものはすべて、自分のものとしていった。マイアー=グ…

ビアズリーと性器に関する小レポート未満 極端な表現手法でセクシュアリティを描いて世間を騒がせた画家にオーブリー・ビアズリーがいる。彼の作品は、世紀末を飾った、というよりはむしろ、世紀末を驚かせた。驚かせたために、彼の作品のいくつかは展示や公…

ついにきました。アンプル。参っちゃったなこりゃ。不肖lueurもだれかさんとして参加しています。誰かは言いませんし何人の名前を使っているかも言わないよ〜ん(そんなの消去法で分かるー!)とりあえず最果タヒちゃんのサイトをリンクして置きます。買って…

昔の自分のサイトをひっくり返してたら見つかったグレート・ギャツビー第一章のダイジェスト訳。笑えるんでアップ。なぜか関西弁。 僕が若くて傷つきやすかった時分に、父はあるアドバイスをくれた、爾来僕はずっと それを反芻している。 「なんかだれかにむ…