circustic sarcas

Diary of K. Watanabe

絶望している間に電車はわたしの町の駅を通り過ぎて、目を上げたらずいぶん遠くまで来た。わたしの心のそこに深く突き刺さる剣が見えたところだった。わたしはわかりやすくくるっていて、そうしむけたのはわたし自身だった。

 

川をさかのぼるという描写が、村上春樹の新作にあって、あれは鴨川としてわたしの中に映像化された。鴨川をさかのぼればその上流にはかならず阿美寮があるはずだ。

 

百井川の横の狭い山道を遡って、

 

未来が見えなくて、夏がうだるように続いた、夕暮れになると舗装されていないつちけむりの道をあなたが歩いてきた、自習室の鍵を閉めに

 

夜、三輪タクシーの後ろに乗って少し遠くのご飯を食べに行く、通り過ぎるバイクと車と光と土の匂い、うだるような、うだるよう

よくわからない

ふしぎなゆめをみた

まちをあるいているわたしのそでをあなたはつかみ、わたしたちは出会った。ふたりで風のふく不思議な植物が転がっていく道をあてどもなく歩いて行った。わたしのことをあなたは知らなかったのに、わたしはあなたの手をつないで、遠くへ歩こうとしていた。この世へ帰らなければいけない時間はいつもせまっていた。

あこがれという気持ち、あちらへ、こがれる気持ち

相方の祖母が来て、私の夢にも祖母が来た。プロンプトを打ち込んだ生成AIと夢は何が違うのだろう。夢の祖母は言う、誰かの代理の仕事は辛くて続かないだろう。わたしのミシン仕事は、とにかく必死にやった、女性の自立というのではなく、仕事が来るし、やっていると楽しくなって、だから長く出来たのだと思う。さて本当に祖母がそう言うことを言っていた記憶が無意識にあるのか、世の中の情報を統合しただけか、どちらなのだろう。続いて音楽会があり、若い父が打楽器だけの(ときたまホーンがなる)父の作った曲をなぜか振っていて、ウィーンフィルでだった。小澤さんが来ていて(父からパリで小澤さんに一度会ったことがあるような話を聞いたことがある)、やはり最近聞いた情報が統合されているだけなのか。兄は急にドイツに行って起業することに決めてしまった。起業する相方にフォーカスが移る。いかにして相方は今の会社を辞めることに至ったか。ドイツの他民族受容。ここは昨日読んだドイツのパレスチナに対する歴史的無関心から引き出されたイメージだろう。

アキ・カウリスマキ/枯れ葉

好きな監督の新作を見るということがあとどれぐらい人生であるのかどうか。ユーロ・スペースにて。またしても急に入る日本語の歌、さんざ泣かされたラヴィ・ド・ボエームのラストの「雪の降る街を」を思い出していたら、同じ人らしい、フィンランドの日本人音楽家のシノハラトシタケという方らしい。いつも通り、ふと入る音楽が素晴らしくて、悲愴の四楽章の涙に濡れたメロディがすっと入ってくるのが堪らなくよかった。映画館に差し込まれるブレッソンラルジャンのポスターなど。

大袈裟ではないし、でも昔みたいに無表情とカチカチした動きが極端でもない、自然な感じになった、それでもこの人らしいなにか。フィンランドの資本主義

あたたかい家の中であめのおとをきいている

よる

おちつく

外は寒い

濡れているわたしが

中を見ている

中にいる私は

それと比べて幸せになる

いまたくさんの人が

雨の中で打たれている

わたしはぬくぬくと

不幸せの欠片を食べる

何ができるか有能か

それよりも先にお前が

生きている意味が

怒りにないのか

ぬくぬくとわたしは敵である

目をつぶって

雨の音を聞いている

くえるかくえないかという問題とは別に、そこへ向かって一度でも足掻いたかという、未完の行為という言葉がある。私は、やり遂げないまま未完の行為を積み残し続けている。私自身のやりたいことや、家族にたいしてや、、、それをどうするかという問題。食えないまま足掻きながら死んだ人もいるし、諦めた人もいるかもしれないが、いちど足掻いたからことに意味はあるだろう。最初から、食えないということと、自分以外誰も応援してくれない、トリガを引いてくれないモチベーションを、一体世間体をきにするあなたが、なぜ保つことができたというか。食うというのは一つの必然で、仕方がない。しかし、だれも求めないところに未完の行為はありがちなのではないかという気がする。

最初はレベルが低いから、誰もあなたを需要しないだろう。需要に対する供給というのは承認である。しかしいまわたしが話しているのは、たぶん承認のことではない。承認は本質的に他者から与えられる。いま私が話しているのは愛のことであり、衝動のことだ。誰もやっていない、私しかできない、と心の底では思いながら、それはかいかぶりなのではないか、だってあなた、なにもやってないもの。そしてやり始めると、かいかぶりであったことはすぐにわかる気がするかもしれない。しかし、やりたいことの芽はすぐには発芽はしないだろう。何年だろう?何年かは区切る必要がおそらくはある。自分にしかできないやり方がある、と思っているいくつかの穴を掘る必要がある。そこには二つ問題がある。一つは需要、承認が人生の区間の中では得られないかもしれないこと。もう一つ、より重要なのは、掘っても掘っても金脈に辿り着かないこと。発芽しないこと、思っていた独自性がハリボテに過ぎないかもしれないのと。その判明を恐れてたいていチャレンジしないのだ、その判明こそが最大の恐怖なのだ、しかし、それはすぐに発芽するものなのか?やはり期間を決めてやってみることから、かりに自分の独自性がその穴の真ん中にないと腹落ちしたとしても、腹落ちしなかったしても、代替となる独自性がその穴の枝分かれに見つかるかもしれない、そちらへ掘ることが可能になるかもしれない。失敗の隣に何かがあるかもしれない。思い描いた目標は変わっていくかもしれない。キラキラした目標ではない渋い目標が生き残れるところかもしれないし、やりたいことかもしれない。