circustic sarcas

Diary of K. Watanabe

あなたがもし耳が聞こえるようになったら、ぼくはあなたに何を聴かせてあげようかなあって、いつもそう考えてきた。世の中にたくさんきれいな和音や音色があることを、信じられないぐらいきれいなんだってことを、あなたが知ってくれたらどんなにうれしいだろう。あなたはカンディンスキーの絵をぼくに見せて、「音楽ってこんなもの?」って言った。ぼくにはうまく答えられなかった。あなたがまだ陽気だったころ、調子っぱずれの音で童謡を歌っているのをきいたことがある。リズムだけで、声は割れて、ぼくのほうが恥ずかしくなってきけなくなってしまったけれど、あなたはあのときとても楽しそうだった。もしぼくが一曲だけあなたに聴かせる事ができるなら、ぼくはどの曲を選ぼうかって、ずっとずっと考えてきた。あなたはぼくが弾く姿をたくさん描いてくれたし、ぼくはそこに音を聴く事ができたから、あなたは本当は聴こえているんじゃないかって思っていたけれど、あなたはぼくが弾いているときは、いつもおびえて離れていた。あなたはどうしてぼくが音楽に一生を賭けたのかを一生理解しないまま、一緒に生きて一緒に死んでいくのかなあ。あなたがもし耳がきこえるようになったら、どんな美しい曲を弾いてあげようかなあって、ずっと思って生きてきたけど、あなたはきっとまた、ぼくの声が聴きたいって言うんだろうね。