2014-01-01から1ヶ月間の記事一覧
高い天井 恩寵
世界はどれくらいラブリィだろう たとえば君の体温
体が重い、懐かしいかんかく
鬱のときの話を人にはなして、それでいろいろ思い出したのか。
うつえぴそーど、ふたたび。
踏まれているのはオリヴァー・トゥイストだった
基準とはやる気を出すために人々が作り上げた想像上の抽象概念に過ぎない さまざまな基準を建設的に実験して、どれが一番よい結果をもたらすかを調べたほうがよい 完璧主義に対する処方箋、デビッド・バーンズ
音楽に乗ったポエトリーリーディングの類のレベルの低さにいつも唖然としている私であるし、私自身もその批判から逃れられないのだけれど、向井さんが「サイボーグのオバケ」でやっていることは、もはやリズムをのっける・ポリリズム的にずらす、という知的…
詩集が作れないかな、と過去のものをぐるぐる読んで、夜更かしをする数日、健康にとても悪いし、当時とてもいいものを書いた気でいた私は、どうしようもなく下らない、取るに足りないものしか書いていなかったので唖然として、自分のことは客観てきにみるこ…
http://toddle.to/blog/2013/11/13/000953.html 40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/11/23(土) 17:25:54.05 id:LTI/Q28S0 向井は偶然通りかかったんじゃないと思う。
やはり下のサンソン・フランソワのフォーレは恐ろしいものだ。1969, 日生劇場のライブ。死の1年前。ルバートは生きることだ。僕はジャズを誤解しているだろうし、サンソンがどうかは知らないが、僕がジャズのその場における揺蕩いを美しいと思うように、作…
zazenのnotimeめちゃくちゃかっこいいですね。http://www.youtube.com/watch?v=Cz_0426G4uM ちょっとqueenのdead on time思い出した。http://www.youtube.com/watch?v=OgmsTJhjWII 比べるとqueenの楽器の少なさとコーラスの厚さ(効果)が目立つ。
そこは夏なのにあなたの周りだけが秋だった。考える。上唇のその上に薄いひげのように汗を湿らせたあなたのことを。あなたと秋と夏の境界が見極められなかった。あなたの前に目を開いていることすら私には罪深く思われた。
美しさに殉じたいと思ったのなら、殉じればよかったのだ!わたしはもう何が美しいのか、どんどん分からなくなった。透明な空があった。たぶんあった。
非常に複雑に、非常に優しく、生き延びるためではなく残すために作って、そのせいで死ぬ。「言いたいことがあるんだ。」ただ、何を言いたいのかわからない。言いたいことは言い尽くしたような気もする。わたしはこの十年で本にもならないたわ言をごまんと書…
いきること。病むことの権利。病むことの自由。病むことの知恵。感性、そして金。一生懸命考えなさい、どうやったら自分がしていて辛くないことで稼いでいけるか。頑張る人には助けてくれるひとが現れるのです。「国連職員にみんな憧れているようだけれど、…
生きること。フォーレもラヴェルもいないこの世の中を生きること。 フォーレもラヴェルも居なくなってから、ピアニストはまだその場に生きることができたけれど、私は彼が幸せだったとは決して思わない。この一つ一つの「故意的な」、ポルタメントのような溜…
しゃべることを辞めなさい。
ミソジニーという言葉の響きが好きで、味噌であったり、煮たり、三十路でもあって、忘れられないのだけれど、一所懸命に逆の言葉を思い出そうとしていつも思い出せない。わたしはミソジニストで、と思ってもいないことを言ってしまったりする。ミソジニーの…
こういうことを書くと広告が「脱ぽちゃ」とかになる。
本の整理とフォルダの整理。知的にやり残してきたことの一掃。をしないと、次へは行けない。やり残したまま次へは行けない。今年は内省の年にする。新しいことは何一つするな。
その、もっともらしくガイダンスが語った、この絵の二人の男は髪型も服も同じだから、時系列ではないかという独自説 は、僕には服は一緒には見えなかった、柄が違うと思ったのだが、その時系列説に立ってみると、地獄のミサワじゃないかと思った。
音声で解説されていることが、実はアカデミックに吟味されたことではなく福岡の独自の妄想だということが最後に分かりにくい形でネタバレされてて(展示ボード)、それはちょっとない。と思った。音声ガイドを聞いたらそれは検証されたことだと思いますよ!倫…
魚津。晴れたなか、綺麗に雪が降る。 富山、夜10時、ロンドン友に会う。時間はお互いに過ぎるし、ロンドンで話していた時の、あの世的な多幸感は後ろへ引いて、現世的で物質的な話をわたしがしている、興味もまた現世的で物質的になっている。自分に凹む。あ…
NGのヤバさというのは、たぶんリズムやテンポマシーンであるむかいさんと、リズムとかテンポにかんしあまり正確性を持たず走りはじめてしまうひさこさんの間の微妙な緊張感、調整にひもで引っ張りながら引っ張られる感じ、という事と、二人ともチューニング…
紅白の、歌はここにある、とか、本当にそういうのやめようよ、と思ってみていて辛い。どこにもなかった。震災と絡める、歌はそこにある、そうか。メッセージ。メッセージ。メッセージ。そこにある、以前に歌がないじゃないか、と思う。あってもなくてもいい…
ざぜんのとうきょうぶしのをなんどもみる、らめちゃん、と、にびょうしのうえで三連ぷをとるようなゆっくりさで、でもそれはやはり短めのはちぶきゅうふがある。五線譜はかけませんので、とかれはいう。ゴゲンゴゲンゴゲン。みじか。いぜん。かけりょん。な…
京都駅に跳ね返される。盆地は逃れられないブラックホール。歩いて三条まで。子供の頃、恐ろしく早起きして、自転車で誰もいない御池やら四条やらの車道とか先斗町とかを爆走した記憶が何故か蘇った。楽しかったけど阿呆だった。
神戸にいけば、OQさんの作品の見え方が変わるのではないか、とぼんやり急に思って。早く、昔の作品の感想を書きたくて(なぜ昔、という話は、置いておいて、寧ろ、いや、原点に興味があるのだろう)。 ずっと、おいていかれっぱなしで、でもなんでか分かりたく…
そうだ、神戸いこう と、とりあえず100番乗ったら、既に京都市内で動けず。なぜ蹴上まで10分歩くのを惜しんだのか、それに100番追いかけて走りさえしたのに。なんか、大阪と神戸に縁がない典型的な引きこもり京都の人。京都の人、て書くだけで緩やかに感じ悪…