circustic sarcas

Diary of K. Watanabe

非常に複雑に、非常に優しく、生き延びるためではなく残すために作って、そのせいで死ぬ。「言いたいことがあるんだ。」ただ、何を言いたいのかわからない。言いたいことは言い尽くしたような気もする。わたしはこの十年で本にもならないたわ言をごまんと書いたし、起きている間も寝ている間も言いたいことがあるんだ、でも何を言えばいいのかわからない。ほかの人の書いていることがちっとも心に響かない。わたしはわたしが書くだろうものをとても心に響くものだと思った、いつもそれに感動していた!しかしそれは書かれなかった。音楽。美しい和声を聞き取ったとき、なぜそれが心を揺さぶるのかといえば、わたしはわたしが書くだろう鳴らすだろう音楽の一節を聞いているに違いはない。ほかの人の鳴らす音楽で(とくに人がいいというものに)私の心はあまり揺れてこなかった、あるいはこの人は本気でやっているわけではない、余技で鳴らしているだけだという一瞬に微光を見出し、どうしても告げに行きたい、告げに行こう、あなたはいま小さな光を放ちました。引かれます。このようにして収集して、収集したまま老いて、記憶はわたしの脳細胞とともにkieru、 でも私はもう、たわ言は十分書いたのだと思います。もう書かない、といつも言いながら。たわ言ではない凝縮を書くためにはたぶん、死ぬしかないのだと思います。そしてもうわたしは死ぬという選択肢を手の内に持っていないのです。あまりいい言葉ではないのかもしれませんが、わたしは日本語の響きの中で、aftermathという言葉が最近好きです、気がかりです。自殺しそこねそこねた、そんな後に続く人生はとても静かに余波であります。わたしも打ち鳴らしたかった、そう思います。極端なことがやりたかった。頭のなかにはいつも極端な断片が、形を成さずに溶けていき、いったい何を言いたかったのかやっぱりわからないでいるのです。言えることは、複雑だ、ということだし、奥深さのための奥深さ、奥深いと思って入っていったらありゃあなんもないぢゃないか、という感じです。私は私のことしか書けなかった。想像力はなかったのであります。ただときどき耳があった、もっとときどき目があった、そして過剰な口があった。頭ばかりがあって、足がなかったといえます。シナプスが活性化し、枝が伸びていく人たちを、いいな、と思うかというと、にこにこきらきらすることが許されるのは、ほんの一握りの天才だけだ、あとはただ一つの健康さがあるだけだと思います。ほんの一握りを目にしたとき、眩しさで目が焼かれ、耳も焼かれ、口を閉ざすしかないのだけれど、その罪悪感を背負えるということが、選ばれているという錯覚を伴っていることを忘れてはならない。劣等感はつねに、劣等感を感じられない健康の唯一性に対する優越感でもありました。その意味では、わたしの鬱と不安神経症と統合失調の愛の子だか、というのは優越感をもって自ら飛び込んだものと言ってしまって構わないのかもしれない。そこまで振り切らないと、自分が天才ではないという事実に対して、なすすべがなかったのかもしれない。自殺が許されるのも、天才だけだったと思います。そして私はまだ何も作っていなかったのです。