circustic sarcas

Diary of K. Watanabe

あなたはここにいて、ここにいない


2019年12月31日

あなたはここにいて、ここにいない。
人の真似をして生きていて、でも本当に人なんだろうか、幽霊ではないのだろうか。
バスに乗ってアップルストアの横を通り過ぎた。人がたくさんいて、その人たちの中には、もちろんわたしはいないし、わたしたちもいない。
部屋に閉じこもっていて、ここにはいない。
鏡がない時に、どうやって存在を認識できるのか、問うときに、
その鏡がこの社会である必要があるのだろうか?
そこではない、どこかではあるということは、ないのだろうか?
誰がと繋がろうと伸ばした手は、ここにいない人の伸ばした手と繋がることがあるかも知れない。
幽霊たち。

ここに置かれるかもしれない文章は、わたしの知らないあなたたち、幽霊とわたしが呼ぶあなたたちに繋がるために書かれていきます。

願わくばあなたの幽霊になれますように

 

 

 

幽霊通信


2020年1月1日

あなたが生きて、生き延びて、苦しみの中でもがきながら掴んだ全ての藁が、芽吹いて、育って、あなたの今の生きる糧になっていることの美しさが、わたしの生きる希望になっています

 

 

 

清潔な雪の中を


2020年3月11日

清潔な雪の中を、きれいなあしあとをのこして、真っ直ぐな人影が歩いていく、とことこと。わたしはそれを30年前に見た。今日またそれを見た。その人はもう死んでいて、まだ歩く姿は凛としていた。

 

 

やまいとともに


2020年6月16日

やまいとともに生きることが、生きることの強さをさらに強くすることがあるのではないか。みずからのやまいを癒すために、あるいはそれと共に生きるために、歌うことを歌い、書くことを書き、学ぶことを学び、伝えることを伝えるとき、それは、やまいのないひとの残し方とは異なる強さを得ることがあり得るのではないか。やんでいるからこその視野や、こだわりが、ある。それはもはや、やみ(病み、闇、止み)ではなく、みや(宮、視野)なのではないか。

 

 

 

もっと さらさらと


2020年6月17日

もっと さらさらと
私の体がなくなって
そして なにも残りませんように
抜けていく感触だけが
いつまでもありますように

 

 

 

星を探すふりして


2020年10月25日

星を探すふりして、悲しさを探している

言った途端、固定化するから、言わないで

 

浮遊していること

リズム感を失い、全ての硬さを失うこと

森の家で弾いたピアノのように

 

まえにもうしろにも経絡のない響き

意味を失って

 

 

 

僕の詩は

 

2020年10月25日

夏の声を聞く前
ぽてんぽてんと朝の街を歩いた

 

愛よりも静かに
僕の詩は君にだけ口を開けばいい