circustic sarcas

Diary of K. Watanabe

無いは呟いた。無い。無い。人も無い。ガラスも無い。才能も無い。電車。連結部の狭いドアとドアの間に挟まって、閉じこもって、耳もヘッドフォンでとじて、マーラー聴きながら、無い。無い。右足と左足が揺れる。頭が揺れる。無いの頭は兄のペニスの上で揺れる。塩辛い。けれど自分の味とは違う。閉じられた。私は閉じられた空間を持っている。兄は開かれた先端を持っている、と無いは思った。赤い蝶々。地面から飛び上がっていく一匹の赤い蝶々。一匹の、いや、蝶々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々閉じ込められた。私(有る)はみた、無いの赤い蝶々が閉じられた無いの体から開かれていくのを、無いの体が激しく揺れて、連結部の狭いドアとドアの間から、赤い蝶々たちが私たちに向かって攻めて来るのを。しかし情熱は閉じられる。電車は終着駅へ付く。シークレット・エンドオブザワールド。私(有る)はその前に電車を降りる。向こうに広がるゾーンに私たちは近づくことはできなかった。ただ、そこがとても美しいことだけは、知っていた。隠された赤い蝶々。表面だけの、無いの静かな微笑み。私(有る)はあなたを犯したかった。あなたの蝶を解放したかった。時計。目。有る。無い。手。あなたの長い腕。無い。有る。あなたは目であった。あなたは謎であった。そしてあなたは花であった。あなたのなにもつけない匂いこそが花であった(何という奇跡!)。あなたは静かな水面だった。あなたはその下に休火山を持っていることにうすうす気付いていた。あなたはわたしがそれを爆発させることを拒んだ。あなたが望むとき一瞬だけ輝く閃光、あなた自身が追いつけないと語った、赤い蝶々たち。あなたは追いつける。だけど静かに微笑んでいる。情熱を閉じて微笑んでいる。私は知っていた。私が無いでありあなたが有るであることを。あなたの前に道は無い、あなたのうしろに道はできる。わたしはその道を歩きたかった。わたしは道を作る人間ではなかった。自足。目。あなたの、茶色い目。あなた。あなた。あなた。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。あなた。あなた。あなた。あなた。好き。好き。好き。好き。それぞれの道を歩みましょうとあなたは語った。あなたの前に道は無い、あなたのうしろに道はできる。わたしはその道を歩きたかった。あなたのいない道に何の意味があるのか。あなたのいない世界に何の意味が有るのか。無い(あなた)はわたしと森の中を歩いた。有るにはあなたが見えなかった。有るはまるで一人で歩いているようだった。なぜなら無いは自然そのものだったからだ。あなたが世界なのに、あなたがいなくなれば、それ(世界)はわたしにとって、世界だっただろうか。あなたは木。あなたは森。あなたは水。あなたは空気。あなたは花。あなたは全て。あなたの前にして、わたしは無かった。そしていまもわたしは無い。ときどき赤い蝶々を見る。それが、無いをしてこれを書かしめる。断片。あなたの、断片たち。あなたが消えた後の世界に浮かぶ、あなたの断片たち。あなたが「それぞれの道」を行こうというのなら、わたしはわたしをあの分岐点において、幽霊として今を生きよう。わたしは無い。あなたのいない世界に、わたしは、無い。