circustic sarcas

Diary of K. Watanabe

KorngoldのSextet mvt2の、あの和音がなぜにあんなに美しいのかについて、やはりわかる必要があるようにおもう。それはどうしても。
音源が手元にないまま、G durかD durで降りて来る旋律、Dでの終止か半終止、そしてここで転調なのか、もう音名が、というより明確な音が思い出せない限界。最後はHで終わる。6の展開形。バスがDis。ここで世界が甘える。なぜなのか。なにがこの甘さを生むのか。これは転調なのか。Dであるべきだった記憶か。何かが二度音程でぶつかっているからか。てっとりばやくわたしはそれを知りたい。楽譜を、入手先すべきなのか。
分かったとして、どうするのか。理屈がわかることと美は別物。でも、美の理由を知りたい。それは好奇心か。創造欲求か。理屈が分かれば作れるのか。探し出すものではないのか。