circustic sarcas

Diary of K. Watanabe

会社の研修がもう終わってしまって。最後の最後に顔を出したいのだけれどもなんとなくそれは禁じられていて。わたし、疎外されたみたいで。負け犬みたいにかなしくあー、あー、あー、って病室で泣いてる。欝が激しくなってきた。やる、か、やらない、か、どちらかだ、と言われた。どちらかと言えばやるんだけれど、そのタイミングと方法がつかめなくて、とにかく磁石も海図もないまま、歩き始めるしかないのだろうか。入院の期限も迫ってきて、頭を抱えるばかりで。人に会いたい。誰かと一緒にたのしく仕事がしたい。だけど、それがいまの会社だとダメなのだろうか?そのときはあまりにも突然来たので(「休職する?」「いつが決定の期限ですか」「できれば今日」「はい、休職します」)。まさかそのときはこうなるとは思わなかったのだけれど、私はそのときの彼も私も恨まないように、前向きに倒れなければならない(歩く事は出来ないので、たぶん、友人が言うように「倒れるとしても前に倒れるんだ」という風にかんがえるしかない)。わたしはしばらくコンサルティングという世界から逆方向に走るだろう。それどころかわたしはしばらく生産とは逆方向に走るだろう。わたしはぎりぎりの生活のなかで、しばらく芸術と生きる意味について、自己実現について考えるだろう。わたしは自分が何をしているときに幸せだったかをもう一度検討するだろう。だいたいの答えは出ていて、多分みんな私をわらうだろうけれど、もう、仕方ないんだ。「そんなにもやる気あるの?」「わかりません」というしかないんだ。「なんとなく」とか言うしかないんだ。あたしはなんとなく生きるしか無いんだ。みんな一生懸命でも、しばらくはあたしは「なんとなく」を理由に生きるしかないんだ。たぶんそっちのような気がするから、という風に言うしかないんだ。あたしはベートーベンみたいに強い人じゃない。いまは。ぎりぎりでなんとなく生きていくしかないんだ。仕方ないんだ。仕方ない。